辞書や学術書を紐解くと、日本の原風景の定義は「人の手が加わっていない原生の自然」とは明確に区別されています。本質にあるのは、山林、水路、田畑、そして人里が有機的につながり合う里山農村景観そのものです。治山や水利の技術を駆使し、薪炭材の採取や稲作を通じて自然の遷移を適度にコントロールすることで成立した「二次的自然」こそが、私たちがイメージする原風景の基盤を形成しています。
日本民俗学の祖・柳田國男が不朽の名作『遠野物語』の序文に記した「平地人を戦慄せしめよ」という言葉は、山深い遠野の厳しい自然と人々の生活信仰を鮮烈に浮き彫りにしました。遠野物語とふるさとの原風景が今なお人々の情緒を揺さぶるのは、そこに神仏への畏怖と、過酷な風土を生き抜く農民の息づかいが不可分に刻まれているからです。単なる綺麗な眺望ではなく、厳しい生存環境を克服するために生み出された集落形態や共同作業の仕組みこそが、風景に魂を吹き込んでいます。
文化庁が推進する重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)の指定要件を見ても、建物単体の美しさだけでなく「建造物と周囲の環境が一体をなし、歴史的風致を形成している地域」であることが厳格に求められます。つまり、風景の主役は建物や地形そのものではなく、何世代にもわたって繰り返されてきた「暮らしの持続性」に他なりません。