日本全国に厄除けや八方除けを標榜する社寺は数多く点在しますが、方違神社が帯びる神異性は別格の扱いを受けてきました。その核心は、神社が鎮座する「摂津国」「河内国」「和泉国」という旧三国の境界交差点という地理的条件にあります。
古代より三国のいずれにも属さない境界領域は「方位の存在しないゼロ磁場(無位の地)」と解釈されてきました。方位盤の概念そのものが成立しない場所であるがゆえに、「あらゆる方位の障りを受けず、全ての方災を無力化できる神聖地」として位置づけられたのです。社殿の記録や歴史的文献を紐解くと、平安時代に皇族や貴族の間で大流行した「方違え(悪方位を避けるため別の場所で一泊してから目的地へ向かう風習)」の拠点として、名だたる権力者が参向した足跡が明確に残されています。
現在でも、転勤や進学に伴う引越しの厄除け祈願はもちろん、都市計画や土地の制約によってどうしても凶方位への新築を避けられない施主や建築設計関係者が、厄払いの最後の防波堤として厚い崇敬を寄せています。