1180年、石橋山の戦いに敗れた源頼朝は、伊豆から命からがら船で安房国へと逃れてきた。その着岸地の一つとして語り継がれているのが、現在の千葉県南房総市富浦町にある南無谷海岸周辺だ。
逃亡者として打ちひしがれていた頼朝は、この地で地元の豪族らに支えられ、体制を立て直す足がかりを得た。後に武家政権の頂点となる鎌倉幕府を樹立する快進撃は、実のところ、この穏やかな砂浜と岩場から始まったと言っても過言ではない。
海岸の北端に位置する法華崎の周辺には、頼朝が身を隠したとされる洞窟や伝説が今もひっそりと残る。歴史の表舞台に立ち返る覚悟を固めた武将の息遣いが、波音の合間に聞こえてくるかのような独特の情緒が漂っている。