彼のキャリアを語る上で欠かせないのが、名コーチであるブライアン・オーサーとの師弟関係だ。カナダ・トロントのクリケット・クラブで培われた世界最高峰の技術と精神力は、彼を五輪王者へと押し上げた。オーサーのもとで磨かれた圧倒的なジャンプの精度と表現力は、競技者としての完成形であり、世界中のスケートファンを魅了した。
だが、プロ転向を決意した瞬間から、彼の目指す地点は従来の「競技者」から唯一無二の「全方位型クリエイター」へと大きくシフトした。勝敗という明確な基準が存在する世界から自らの表現力だけで勝負する世界へ飛び出したことで、従来のスポーツ選手という枠組みで見ようとする層とのギャップがさらに深まった。この過渡期において、彼の新たな挑戦を「自己顕示の肥大化」と捉える厳しい視線が一部から送られることとなった。