シオンの丘の中心部に位置する複合建築は、宗教建築史上きわめて特異な構造を有しています。1階にはユダヤ教徒が熱心に祈りを捧げる「ダビデ王の墓」があり、その真上となる2階にはキリスト教における至高の聖所「最後の晩餐の部屋(クーナクルム)」が配置されているのです。
新約聖書において、イエス・キリストが十字架刑の前夜に弟子たちとパンと葡萄酒を分かち合い、また復活後に聖霊が降臨した「ペンテコステ」の舞台とされるこの部屋は、現存する構造としては12世紀に十字軍が再建したゴシック建築のリブヴォールト天井が特徴的です。さらに16世紀のオスマン帝国時代にはモスクへと改修されたため、壁面にはメッカの方角を示す「ミフラーブ」やアラビア文字のステンドグラスが残されており、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の支配が上書きされてきた物的証拠を間近に観察できます。
考古学的な観点から言えば、列王記上2章10節に「ダビデはその先祖たちと共に眠りについて、ダビデの町に葬られた」と明記されている通り、実際の王家の墓所は神殿の丘南東の谷筋にあったと考えられています。しかし、中世ユダヤ教徒にとってこの場所はエルサレム奪還の象徴となり、現代でも安息日(シャバット)や祝祭日には敬虔な正統派ユダヤ教徒が石棺に頭を寄せて涙を流す光景が日常的に見られます。