エルサレム聖地シオンの丘の真相|最後の晩餐とダビデ王の墓の謎

エルサレム聖地シオンの丘の真相|最後の晩餐とダビデ王の墓の謎

エルサレム聖地シオンの丘の真相|最後の晩餐とダビデ王の墓の謎にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

シオンの丘の中心部に位置する複合建築は、宗教建築史上きわめて特異な構造を有しています。1階にはユダヤ教徒が熱心に祈りを捧げる「ダビデ王の墓」があり、その真上となる2階にはキリスト教における至高の聖所「最後の晩餐の部屋(クーナクルム)」が配置されているのです。

新約聖書において、イエス・キリストが十字架刑の前夜に弟子たちとパンと葡萄酒を分かち合い、また復活後に聖霊が降臨した「ペンテコステ」の舞台とされるこの部屋は、現存する構造としては12世紀に十字軍が再建したゴシック建築のリブヴォールト天井が特徴的です。さらに16世紀のオスマン帝国時代にはモスクへと改修されたため、壁面にはメッカの方角を示す「ミフラーブ」やアラビア文字のステンドグラスが残されており、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の支配が上書きされてきた物的証拠を間近に観察できます。

主要スポット歴史的伝承と位置付け考古学・学術的見解見学時の重要ポイント最後の晩餐の部屋
(クーナクルム)イエス最後の晩餐および聖霊降臨(ペンテコステ)の舞台現存遺構は12世紀十字軍様式。1階の基礎には初期教会やシナゴーグの痕跡十字軍のリブ天井とイスラムのミフラーブ(祈祷窪)の同居に注目ダビデ王の墓古代イスラエル2代目の偉大な王ダビデが眠る墓所列王記の記述では「ダビデの町」に埋葬。現在の石棺は中世以降の象徴的記念碑男女別の礼拝区域。男性はキッパ(帽子)の着用が義務付けられる聖母永眠教会
(ドルミツィオン)聖母マリアが使徒たちに見守られながら地上での生を終えた地20世紀初頭にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の支援で建てられたロマネスク様式地下聖堂にある象牙と桜の木で作られた「眠るマリア像」の造形美オスカー・シンドラーの墓ホロコーストから1200人以上のユダヤ人を救った実業家の墓シオンの丘南斜面にあるカトリック墓地内に実在追悼の意を込めて墓石の上に小石を乗せるユダヤの伝統的作法

考古学的な観点から言えば、列王記上2章10節に「ダビデはその先祖たちと共に眠りについて、ダビデの町に葬られた」と明記されている通り、実際の王家の墓所は神殿の丘南東の谷筋にあったと考えられています。しかし、中世ユダヤ教徒にとってこの場所はエルサレム奪還の象徴となり、現代でも安息日(シャバット)や祝祭日には敬虔な正統派ユダヤ教徒が石棺に頭を寄せて涙を流す光景が日常的に見られます。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。