寛仁親王の後半生は、過酷を極める病魔との壮絶な闘いの連続でした。1991年の食道がん発覚を皮切りに、咽頭がん、喉頭がん、舌がんなど、生涯で受けた手術は実に16回に及びます。
親王の死因となった病気は、重度のがん再発とそれに伴う多臓器不全であり、2012年6月6日、多くの国民に惜しまれながら66歳で薨去(こうきょ)されました。自らの病状やアルコール依存症の治療経験について、隠すことなく手記や記者会見で包み隠さず公表した姿勢は、同じ病に苦しむ患者や家族に計り知れない勇気を与えました。
喉の手術により声を失う危機に直面した際も、電気式人工喉頭(人工声帯)を用いて発声訓練を重ね、公務や講演会に立ち続けた姿は、現場に居合わせた関係者の証言でも「鬼気迫る執念と気品に満ちていた」と回顧されています。