競艇(ボートレース)への異常な情熱、自らセスナ機を操縦して劇場入りした伝説、数々の謹慎処分と奇跡の復帰劇――。横山やすしの生涯は、常識の枠に収まらない破天荒エピソードの連続でした。しかし、舞台袖でそのすべてを受け止め続けた相方・西川きよしは、後年の手記や特番インタビューでやすしの「脆さと純粋さ」を一貫して語っています。
「やすさんは誰よりも気が小さくて、誰よりも漫才を愛していた。あの人が舞台で見せるトゲや毒は、客席への恐怖心と照れ隠しの裏返しやったんです」
酒を飲まなければ舞台に上がれないほどの極度のプレッシャーと闘いながら、センターマイクの前では命を削るように言葉を放ったやすし。名言として残る「男はな、負けると分かってても行かなあかん時があるんや」「芸人は舞台の上で死ねたら本望や」という言葉通り、自らの破滅的な生き様すらも芸の肥やしにしていきました。西川きよしという稀代の受け止め役が存在したからこそ、やすしの危うい輝きは国民的な笑いとして成立していたと言えます。