そもそもなぜ10円玉の縁にギザギザ(全132本)が刻まれていたのか。その背景には、戦後の通貨制度再建期における貨幣ヒエラルキーが深く関係しています。
昭和26年に現行の平等院鳳凰堂デザインの10円青銅貨が登場した当時、50円硬貨や100円硬貨はまだ存在していませんでした。つまり、当時の10円玉は日本国内における最高額面の硬貨だったのです。世界各国の貨幣史において、金貨や銀貨などの高額貨幣には縁を削り取って金属を不正詐取する行為(削り取り犯罪)を防ぐ目的や、偽造防止のためにギザ(リーディング)を施す国際的慣例が存在しました。日本の10円玉も「最高額貨幣としての威厳と防犯」を兼ねて側面にギザギザが採用されたという歴史的経緯があります。
しかし、昭和30年に50円硬貨(初代無孔ニッケル貨)、昭和32年に100円硬貨(初代銀貨)が相次いで発行されたことで、10円玉は最高額硬貨の座を譲ることになります。さらに、新しい50円硬貨や100円硬貨にもギザギザが刻まれていたため、「手の感触だけで10円・50円・100円の区別がつかない」という視覚障がい者団体からの声や市民の混乱が生じるようになりました。
この問題を解消するため、大蔵省(現・財務省)は昭和34年(1959年)製造分から10円玉の側面を滑らかな平滑面へと設計変更しました。現在私たちが目にするギザ10は、昭和20年代後半から30年代初頭のわずか7年間のみに作られた、ユニバーサルデザイン導入前の「時代の証言者」なのです。