法律上は「被告人」と呼ぶべき刑事事件の当事者を、テレビや新聞各社がこぞって「〇〇被告」と報じる現象には、長年にわたる報道倫理と実務上の葛藤が存在します。ここに、読者が最も抱きやすい疑問であるニュースで被告人と呼ばない理由が隠されています。
マスコミ報道の呼び分けの真相を遡ると、1980年代後半までの日本の報道機関は、刑事事件で起訴された人物を呼び捨て(呼び捨て原則)にする慣行が残っていました。しかし、推定無罪の原則や被疑者・被告人の人権を重んじる観点から、呼び捨てを廃止して何らかの「肩書」を付与する議論が活発化しました。その結果、起訴前は「容疑者」、起訴後は「被告」という呼称を敬称(肩書)代わりに添える方針が各社の編集方針として定着した経緯があります。
では、なぜ正式な「被告人」ではなく、語尾の「人」を削ったのでしょうか。大手新聞社の用語ハンドブックや民放連のガイドライン作成に関わった関係者の証言によると、主に3つの実務的理由が存在します。
第1に、「被告人」という語感が帯びる冷酷さや犯罪者視のニュアンスを和らげ、姓名に添える呼称(例えば「山田太郎被告」)として日本語のリズムを整えるためです。第2に、限られた新聞の紙面スペースやテレビのテロップ文字数、放送尺(秒数)において、1文字でも簡潔に情報を凝縮したいというメディア側の構造的制約があります。そして第3に、「人」を抜いて「被告」とすることで、公職や役職に類する一種の中立的な肩書として機能させようとした配慮です。
しかし、この報道慣行は長年にわたり日本弁護士連合会(日弁連)や裁判官などの法曹関係者から「民事の被告と混同させ、民事訴訟の相手方を犯罪者予備軍のように誤解させる弊害がある」と厳しく批判され続けています。報道の利便性と法的な正確性の間で、現在も根深い綱引きが続いています。