見た目は同じ「鶏の煮込み」であっても、料理が生まれた歴史的背景と食卓での役割は対照的です。まずは2つの料理の成り立ちと基本構造の違いを整理します。
サムゲタン(参鶏湯)は、朝鮮王朝時代の宮廷料理や両班(貴族階級)の養生食にルーツを持つ伝統的な韓方(ハンバン)薬膳料理です。生後数週間の柔らかい若鶏(ウンゲ)の内臓を取り除き、お腹の中に高麗人参、ナツメ、もち米、ニンニク、栗、松の実などを隙間なく詰め込み、長時間煮込んで仕上げます。基本的にトゥッペギと呼ばれる黒い土鍋に1人前ずつ提供され、体調を整えるために一人で静かに味わうスタイルが基本です。
これに対し、タッカンマリは直訳すると「鶏一羽」。1970年代の高度経済成長期、ソウルの巨大市場である東大門(トンデムン)市場周辺の食堂街で誕生した比較的新しい大衆料理です。市場で働く人々や買い出し客が、安価に手早く、仲間同士でボリューム満点の食事をとるために考案されました。平たい金属製の大鍋に丸鶏をそのまま入れ、長ネギやジャガイモ、トッポギ(韓国餅)と共に煮込み、ハサミで豪快に切り分けながら複数人でつつき合います。
食べる季節やシチュエーションにも思想の差が現れています。韓国では日本の土用の丑の日にあたる「伏日(ポクナル:初伏・中伏・末伏)」に、夏の猛暑を乗り切るための滋養食としてサムゲタンを食べる習慣(以熱治熱:熱をもって熱を制す)が根付いています。一方のタッカンマリは、季節を問わずビールや焼酎(ソジュ)を片手に仲間とワイワイ囲む日常のスタミナ鍋として親しまれています。