現代でこそ「声優界のヒットメーカー」「バラエティでも活躍する明るいパーソナリティ」として知られる浪川大輔ですが、そのキャリアは順風満帆なエリートコースばかりではありませんでした。
8歳での抜擢と名作映画の主役たち
彼の声優キャリアの原点は、1980年代半ば、8歳で劇団に入団したことに始まります。当時、劇団に寄せられた洋画吹き替えのオーディションに合格し、映画『E.T.』の主人公エリオット少年の吹き替え(VHS版・テレビ版)を担当。さらに『ネバーエンディング・ストーリー』のアトレーユ役、『グーニーズ』のマイキー役など、誰もが知る名作映画の少年主役を総なめにしました。当時の吹き替え関係者の証言では、「子役特有の不自然な演技臭さがなく、本物の子供の呼吸で喋ることができる奇跡的な存在」として重宝されたと記録されています。
声変わり期に訪れた「仕事ゼロ」の挫折
しかし、思春期を迎えて訪れた「変声期」が彼を襲います。子役時代の武器だった透明感のある少年声は失われ、青年期には仕事が激減。本人が過去の特別インタビューやエッセイで語ったところによれば、20代前半には声優の仕事だけでは生活が成り立たず、建設現場や運送業などの肉体労働で食いつなぐ日々が続いたといいます。「子役時代にあれだけチヤホヤされた自分が、大人になったら誰にも求められない」という強烈な屈折と悔しさは、数年間にわたり彼の心に深い影を落としました。
重圧を乗り越えた「五ェ門襲名」と批判への向き合い方
浪川大輔のキャリアを決定づけたもう一つの転機が、2011年の『ルパン三世』キャスト刷新です。40年近くにわたり故・井上真樹夫が演じ続けた石川五ェ門を引き継ぐという大役は、賞賛よりも先に懐疑的な目と過激なバッシングに晒される宿命にありました。プレッシャーから胃痙攣を起こすほどの苦悩の中で、彼が選択したのは「モノマネに逃げず、先代の魂をリスペクトした上で自分の肉体を通して五ェ門を再構築する」ことでした。公開を重ねるごとに違和感を称賛へと変えていった軌跡は、彼の強靭なプロ意識を証明しています。