村八分とは何か?江戸の語源と現代の職場・地域における人権侵害

村八分とは何か?江戸の語源と現代の職場・地域における人権侵害

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歴史をさかのぼると、この制裁の根源は江戸時代の村落共同体にまで行き着く。当時の農村では、厳しい生存環境を生き抜くために集落全体で助け合う「結(ゆい)」や「講」と呼ばれる相互扶助の仕組みが不可欠だった。冠婚葬祭から農作業、防災に至るまで、生活のあらゆる局面で共同体の連携が前提とされていたのだ。

村の取り決めや掟を破った者に対する懲罰として用いられたのが「村八分」である。地域社会における人間関係の交流は、大きく分けて10個(冠・婚・葬・病・家普請・水害・火災・旅行・出産・年忌)存在した。村八分とは、この10の交流のうち「8つの交流」を完全に絶ち切り、絶縁することを意味する。

だが、極限の排斥が行われるなかでも、決して断絶されなかった「例外とされた2つの交流」が存在した。それが「火事(消火)」と「葬儀(埋葬)」である。

なぜこの2つだけが除外されたのか。理由はきわめて現実的だ。火事を放置すれば木造家屋が立ち並ぶ村全体へ延焼し、共同体そのものが壊滅してしまう。また、遺体を放置すれば衛生環境が著しく悪化し、疫病の蔓延を招く恐れがあったからだ。つまり、例外の2つは排除された世帯への情けではなく、村全体の生存と治安を維持するための危機管理策に過ぎなかった。

日本の民俗学を切り拓いた柳田國男や宮本常一といった研究者たちも、著書のなかでこうした村落共同体の強い同調圧力と排他性に言及している。柳田國男は共同体の秩序がもたらす安心感とその裏返しの苛烈さを説き、宮本常一は各地の集落を巡るフィールドワークを通じて、掟を外れた者が受ける容赦のない社会的制裁の実像を記録した。共同体から排除されることは、江戸時代において事実上の死を意味していたのである。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。