斎藤工が芸能の世界へ足を踏み入れた第一歩は、高校生時代のモデル活動でした。自ら芸能・モデル事務所に履歴書を送り、15歳で「TAKUMI」名義で活動を開始します。
当時から身長184cmという日本人離れしたプロポーションを誇り、『MEN'S NON-NO』や『POPEYE』などのトップ男性ファッション誌で活躍。その勢いは国内にとどまらず、10代後半には単身渡欧し、ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)やイッセイミヤケ(ISSEY MIYAKE)といった世界的ハイブランドのパリ・コレクション(パリコレ)や東京コレクションの舞台に立ちました。
当時のポートレートやランウェイ写真を振り返ると、切れ長の鋭い目元とアンニュイな佇まい、中性的な透明感が際立っており、ネット上でも「CGレベルの美しさ」「彫刻のような完成度」と感嘆の声が寄せられ続けています。しかし、華やかなランウェイの裏側では、言葉の通じない海外で地図を片手にオーディションを駆け回る過酷な日々を送っていました。