看取りが近づいた時期に見られる呼吸の変化は、心臓や肺、そして呼吸中枢を司る脳幹の機能が徐々にその役目を終えようとしている客観的なサインです。家族が最も心を痛めるのは「本人は苦しいのか」という点ですが、結論から言えば、この段階の患者が自覚的な呼吸困難や肉体的苦痛を感じている可能性は極めて低いことが緩和医療の研究で明らかになっています。
臨死期における代表的な呼吸パターンと、そのメカニズムは以下の通りです。
まず初期から中期にかけて多く見られるのがチェーンストークス呼吸です。これは、小さな呼吸から徐々に深い呼吸へと大きくなり、再び小さくなった後に10秒から数十秒の「完全な無呼吸」が続く周期的な呼吸を指します。心不全や脳卒中、終末期の全身衰弱によって脳の呼吸中枢への血流が滞り、血液中の二酸化炭素濃度に対するセンサーの反応が遅れることで、過換気と無呼吸を機械のように規則正しく繰り返す現象です。
そして、息を引き取る数時間前から1日ほど前になると、呼吸筋(横隔膜や肋間筋)の動きが停止し、下顎を前に突き出すようにしてパクパクと口を開閉させる下顎呼吸へと移行します。これは呼吸器内科の専門医も「人生最期の呼吸」と表現するように、脳幹の最下部にある呼吸中枢が自律的な生命活動を閉じる直前に見せる最終段階の反射です。胸やお腹はほとんど動かず、首の筋肉や下顎だけが動いているように見えるため、外見上は激しくあえいでいる印象を与えます。
さらに、喉の奥から「ゴロゴロ」「ゼロゼロ」と湿った重い音が鳴り響く死前喘鳴(しぜんぜんめい)も頻繁に起こります。これは筋力や嚥下反射が著しく低下し、喉頭や気管の入り口に溜まった少量の唾液や気道分泌物を自力で飲み込むことも吐き出すこともできず、空気の出入りによって振動するために生じる音です。
これらの一連の呼吸について、臨床現場のデータや日本緩和医療学会のガイドラインでは「意識レベルが著しく低下しているため、本人に苦悶感はない」と説明されています。終末期には血中二酸化炭素の蓄積による中枢神経の抑制(二酸化炭素ナルコーシス)や、自然な昏睡状態、さらには体内で分泌されるエンドルフィン(鎮痛作用を持つ神経伝達物質)の働きにより、感覚は極めて穏やかに遮断されています。苦しそうに見えるのはあくまで「反射的な身体の動き」であり、本人は深い眠りの中で安らかに漂っている状態にあると捉えるのが医学的に正確な見方です。