世界各国の国家制度において、憲法で公用語を1つまたは複数指定するケースは一般的です。しかし、メキシコ合衆国憲法には「スペイン語を唯一の公用語(idioma oficial)とする」という直接の条文が存在しません。この事実は、現地に詳しい法学者や言語学者以外にはあまり知られていない盲点といえます。
法的な転換点となったのは、2003年に制定された「先住民族言語権利一般法(Ley General de Derechos Lingüísticos de los Pueblos Indígenas)」です。同法第4条において、スペイン語および国内に現存する先住民族の言語は、その有効性において同等の価値を持つ「国語(lenguas nacionales)」であると明記されました。
国立先住民族言語研究所(INALI)の調査によると、国家として公式に認められている先住民族の言語グループは68言語ファミリー・364の言語変種に及びます。行政実務や司法手続き、公的教育の場において、これらの先住民族言語を使用する権利は法的に保障されています。実態としては国民の90%以上が共通言語としてスペイン語を操り社会を動かしているものの、国家の根幹を成すアイデンティティとしては「多言語国家」であることが法的に宣言されているのです。