昭和から平成にかけて、火野さんの女性遍歴は週刊誌の格好の標的だった。名だたる大女優たちと次々に浮名を流し、ついた異名が「元祖プレイボーイ」「モテ男の帝王」。なかでも仁支川峰子(旧芸名・西川峰子)さんをはじめとするトップスターたちとのロマンスは、連日ワイドショーを賑わせた。
しかし、火野さんが特異だったのは、別れた女性たちから誰一人として恨み言を言われなかった点にある。「決して嘘をつかない」「去る者を追わず、自分の非を認めて謝る」。どんなに短期間の関係であっても、目の前の女性に全身全霊の愛情を注ぎ、別れた後も決して悪口を口にしなかった。
仁支川さんも後にテレビ番組で、彼の優しさと憎めない人柄を懐かしそうに振り返っている。女性を惹きつけてやまない天性の色気と素直さ。それを陰で静かに見守り、許容し続けた事実婚の妻の度量の広さがあってこそ、火野正平という稀代のパーソナリティは成立していた。