自宅で金継ぎを始めようとする際、誰もが最初に直面するのが「本漆(ほんうるし)金継ぎ」と「簡易金継ぎ(モダン金継ぎ)」の二者択一です。インターネット通販やクラフトショップでは両方のキットが並んで販売されていますが、両者の性質、使用する素材、そして完成後の安全性はまったくの別物です。
伝統的な本漆金継ぎは、ウルシの木から採取された樹液(生漆)に、小麦粉を混ぜた「麦漆(むぎうるし)」で破片を接着し、砥の粉(山から採れる粘土質の粉末)を混ぜた「錆漆(さびうるし)」で隙間や段差を埋めて成形します。漆に含まれるウルシオールという主成分が空気中の水分を取り込みながら酵素の働きで硬化するため、完全に硬化するまで数週間から数ヶ月の時間を要します。しかし、完全に固まった漆は強酸や強アルカリ、アルコールにも溶けない極めて強固な耐性を誇り、縄文時代の出土品が今なお原型を留めていることからも、その接着寿命は人類史上最高峰の天然接着剤であることが証明されています。天然由来であるため、口が直接触れる飯碗や湯呑み、汁椀などにも安心して使える点が最大のメリットです。
一方で、近年のハンドメイド市場で急速に普及したのが簡易金継ぎです。これは天然の漆を使わず、市販のエポキシ系接着剤やエポキシパテで破損部を接合し、合成樹脂塗料(新うるしと呼ばれるカシュー系塗料やウレタン塗料など)と金属粉で表面を装飾する技法です。早ければ数時間から1日足らずで完成するため手軽ですが、ここで強く認識すべきは「食品衛生上の懸念」です。多くのエポキシ系接着剤や合成塗料は、食品衛生法上の器具・容器包装規格試験に適合していない場合があり、高温のスープや酸性の強い食品に触れると化学成分が溶出するリスクを排除できません。花瓶やアクセサリー、飾り皿などの鑑賞用途であれば非常に合理的ですが、日常的に口をつける食器への施工には細心の注意が必要です。
さらに見落とされがちなのが、仕上げに使用する金属粉における金粉真鍮粉違いです。本漆金継ぎでは純度99.9%以上の純金粉や純銀粉を用いるのが基本であり、これらは金属アレルギーを引き起こしにくく、時間が経っても変色しません。一方、安価な簡易キットに含まれる「金色粉」の多くは、銅と亜鉛の合金である真鍮(しんちゅう)粉やマイカ(雲母)粉です。真鍮は空気中の酸素や食品中の塩分・酸に触れると緑青(ろくしょう)と呼ばれるサビを発生させたり黒ずんだりする性質があり、重金属の経口摂取という観点からも食器への使用は推奨されません。