ネット上の言説において散見される「どちらが音楽的に優れているか」という二項対立的な議論は、2人の本質を見誤る典型的な誤解です。
一部の議論では「宇多田ヒカルは海外トレンドの翻案であり、米津玄師こそが日本独自のメロディの継承者だ」あるいはその逆といった極端な評価がなされがちです。しかし実態は、宇多田ヒカルはUKガラージや現行R&Bを徹底的に咀嚼した上で完璧な日本語詞を乗せる職人であり、米津玄師もまたインディロックやヒップホップ、海外のエレクトロニック・ミュージックの手法を貪欲に取り込みながらJ-POPへと落とし込んでいます。
手法のベクトルが異なるだけであり、両者が目指しているのは「グローバルな同時代性と、日本人の情緒に響くメロディの極限の融合」という全く同じ頂です。