野口五郎のキャリアを語る上で外せないのが、1970年代の爆発的なアイドル時代と、当時からすでに異彩を放っていたミュージシャンシップの二面性です。
1971年に「博多みれん」で演歌歌手としてデビューしたもののヒットに恵まれず、同年にポップス調の「青いリンゴ」へ路線変更したことで瞬く間にブレイクを果たしました。その後、「オレンジの雨」「甘い生活」、そして1975年の歴史的大ヒット曲「私鉄沿線」によって、第17回日本レコード大賞歌唱賞を受賞。日本中のお茶の間を虜にしました。
インターネット上のアーカイブや当時のブロマイド写真に収められた若い頃の画像を見返すと、憂いを帯びた大きな瞳と清潔感あふれるルックスが際立ちます。当時の歌謡雑誌では連日表紙を飾り、熱狂的な親衛隊が会場を埋め尽くすトップアイドルでした。
しかし、彼が他のアイドル歌手と一線を画していたのは、「少年時代からの超絶技巧ギタリスト」という確固たるバックボーンを持っていたことです。小学校時代からコンテストで優勝を重ねていた腕前は本物で、ソロコンサートやアルバムでは海外のフュージョン・ロックギタリスト顔負けのアグレッシブなアドリブ演奏を披露していました。世界的ギタリストであるエリック・クラプトンやカルロス・サンタナらとも交流を持ち、スタジオミュージシャンたちからも「歌の上手いアイドルではなく、本物のギタリストが歌っている」と畏敬の念を抱かれていたのです。
若い頃のアイドル像から、現在の白髪混じりのダンディなスーパーギタリスト兼ボーカリストへの変遷は、昭和から令和へと続く日本のポピュラー音楽の進化そのものを体現しています。