芸能界引退と同然の形で事務所を去った後、彼を待ち受けていたのは過酷な家庭環境の崩壊でした。慶應義塾湘南藤沢高等部(SFC)へ進学したものの、アイドルとしての過去と周囲の奇異の目に晒され、高校1年生の3学期に自主退学を選択します。
高校中退という選択に対し、父・森進一は激昂。「これ以上、家に置くことはできない」と勘当を言い渡し、所持金わずか数万円で家を追い出されたTakaは、父親の庇護を完全に失いました。住民票を抜かれ、渋谷のファミリーレストランや弁当屋、バーでの深夜アルバイトを掛け持ちしながら、友人宅の押し入れを転々とする極貧生活を余儀なくされます。
両親は2005年4月に正式離婚。母・森昌子も心身を疲弊させる中で、Takaは自らの存在価値を証明する唯一の手段として、インディーズの音楽活動に没頭していきました。彼をバンドの世界へと引きずり込んだのが、当時ギタリストとしてフロントマンを探していたToruです。大阪から上京し、Takaのライブハウスでの歌声を聴いて衝撃を受けたToruは、Takaが働くアルバイト先まで執拗に通い詰め、熱烈な口説き落としを敢行しました。これが2005年、ONE OK ROCK 結成秘話の始まりです。
親子断絶の氷が溶けたのは、2010年11月28日、バンド初の日本武道館単独公演でした。客席に招待された両親に向け、Takaはアンコールで『Nobody's Home』を歌い上げました。歌詞に綴られたのは、身勝手に家を飛び出し、両親を傷つけた若き日の過ちへの悔恨と、不器用ながら愛を与え続けてくれた両親への魂の感謝でした。ステージ上で涙を流しながら歌う息子の姿に、客席の森進一も涙を拭い、長きにわたる確執は真の和解へと昇華したのです。