野呂佳代が芸能界の表舞台に立ったのは、2006年2月開催の「第二期AKB48追加メンバーオーディション」への合格がきっかけでした。応募総数11,892名の中から選ばれた17名(最終合格者)のひとりが彼女です。
同年4月に初代チームKのメンバーとして劇場デビューを果たしました。1期生(前田敦子や高橋みなみら旧チームA)が王道のアイドル路線を歩んでいたのに対し、旧チームKは「体育会系」「泥臭い全力パフォーマンス」を旗印に掲げたユニットでした。当時すでに22歳だった野呂は、個性豊かな年下メンバーを束ねる精神的支柱として、MCや楽屋の雰囲気をリードする役割を担っていきます。
当時のAKB48は専用劇場でも空席が目立つ過酷なスタートでした。その中で野呂は、持ち前の抜群の歌唱力とダンスセンス、そして機転の利いたトーク力で公演を支え、グループ初期の礎を現場レベルで支え続けました。