曹洞宗大本山總持寺の謎を解く!永平寺との違いと能登からの移転秘話

曹洞宗大本山總持寺の謎を解く!永平寺との違いと能登からの移転秘話

今注目を集めている 曹洞宗大本山總持寺の謎を解く!永平寺との違いと能登からの移転秘話について、多角的な視点をご紹介しています。

現在の總持寺を訪れる参拝者の多くが驚くのは、その立地です。もともと總持寺は、石川県輪島市門前町の地に建立され、約570年余りにわたり能登の地で法灯を守り続けていました。

転機となったのは、1898年(明治31年)4月13日に発生した大火災です。境内のほとんどの堂宇が灰燼に帰す大惨事に見舞われた際、当時の第2代独住管長・西有穆山(にしありぼくざん)禅師と石川素童(いしかわそどう)禅師は、単なる原状復興にとどまらない英断を下しました。「世界に向けた禅の拠点とするため、首都圏の要所へ移転する」という一大プロジェクトです。

1911年(明治44年)、風光明媚な丘陵が広がり、東京湾や国際港・横浜港を望む現在の神奈川県横浜市鶴見の地へと本山機能が移転されました。一方、発祥の地である能登の境内は「總持寺祖院(そいん)」と改称され、連綿と禅の精神を継承し続けています。

近年の能登半島地震では祖院も深刻な被害を受けましたが、鶴見の大本山總持寺からの手厚い人的・資金的支援や全国の門信徒の協力により、着実な復旧・復興作業が進められています。歴史の荒波を越えて結ばれた能登と鶴見の絆は、2026年現在も固く結ばれています。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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