2004年3月26日、『ニュースステーション』は18年半の歴史に幕を下ろしました。最高潮の支持を得ながら、なぜ久米宏はマイクを置く決断を下したのか。その降板理由をめぐっては様々な憶測が飛び交いましたが、真相は複数の重圧と久米宏自身の美学が重なり合った結果でした。
最大の要因は、18年半に及んだ極限の心身の疲労です。平日の毎夜、生放送で自らの言葉に責任を持ち続ける重圧は凄まじく、久米宏自身も「毎日が死刑台に上るような感覚だった」と後に述懐しています。また、1999年に発生した埼玉県所沢産の野菜をめぐるダイオキシン報道問題では、番組が激しい批判にさらされ、久米宏自身も深く苦悩することになりました。言論の自由とメディアの影響力の間で生じる摩擦は、年を追うごとに過酷さを増していきました。
さらに、番組立ち上げ当初から支えてきたオフィス・トゥー・ワンの制作体制やテレビ朝日との契約満了、そして「自分の役割は果たし終えた」という直感が決断を後押ししました。迎えた2004年3月26日の最終回、久米宏はスタジオでビールをグラスに注ぎ、生放送中に乾杯して飲み干すという前代未聞のラストシーンを演出。「さようなら」と短く告げて画面から去っていった姿は、最後まで型破りなキャスターとしての矜持を示していました。