北高が私服通学を採用している背景には、単なるファッションの自由化ではなく、激動の昭和期に繰り広げられた生徒自治の歴史的経緯が存在します。
1960年代後半から1970年代初頭にかけて、全国の大学や高等学校で巻き起こった学園紛争の波は北海道内の進学校にも波及しました。管理教育や画一的な校則への疑問が生徒側から投げかけられ、札幌北高校においても活発な討論と自治活動が展開されました。当時の生徒会や有志生徒による粘り強い対話と、それを受け止めた教員集団の協議を経て、1970年代前半に服装の自由化が正式に定着していった記録が残されています。
同校が掲げる校訓的支柱である「寛容・進取・良識」の精神は、まさにこの過程でより強固なものとなりました。「他者を認め(寛容)、自ら考え行動し(進取)、社会的な節度をわきまえる(良識)」という精神的基盤があるからこそ、服装を画一的に縛る必要がないという学校文化が半世紀以上にわたって受け継がれています。外見を強制的に統一するのではなく、内面的な自律を促す教育思想の象徴こそが、現在の私服登校という形に表れています。