では、なぜ九州のローカル銘菓が首都圏を代表する存在になったのでしょうか。契機となったのは、1964年の東京オリンピックです。高度経済成長の熱気の中、三代目店主・石坂博和は「世界中の人々が集まる日本の中心で勝負したい」と決断し、埼玉・草加に工場を構え、東京駅や羽田空港での販売を開始しました。
当時、東京駅を利用して全国へ帰郷する旅行者や出張客にとって、ハイカラで愛嬌のあるひよ子は絶好の手土産となりました。新幹線網の発達とともに「東京に行ってきた証」として定着し、いつしか東日本エリアでは不動の東京土産として広く認知されるに至ったわけです。