ネット上の一部では、「『君をのせて』は当初から井上あずみのために書き下ろされた」と信じられている節がありますが、これは史実とは異なります。当時、井上あずみはアイドル歌手としての活動を経て、実力派シンガーとしての活路を模索していた時期でした。
起用の決め手となったのは、宮崎駿監督とスタッフが求めていた「無名性」と「無垢さ」でした。当時すでに名の知れた有名歌手を起用すると、歌手個人のパブリックイメージが映画の世界観を侵食してしまう懸念がありました。スタジオジブリ側は、劇中のシータやパズーと同等に澄み切った、装飾のないストレートな歌声を求めてオーディションを実施。その中で井上あずみの濁りのない澄明なトーンが高畑勲・宮崎駿両名の耳に留まり、大抜擢に至ったのです。
また、ネット上で散見される「パズーとシータが死後の世界へ旅立つ様子を描いた曲」という都市伝説についても、公式資料や当時の宮崎監督の談話から明確に否定されています。監督自身が繰り返し語っているのは、「少年と少女が過酷な経験を経て、自らの足で大地を踏みしめて生きていく力」です。生への賛歌であり、決して虚無的な冥界への旅立ちではありません。