カルチャーや文学と並び、日本の食文化史において重要な足跡を残しているのが、全国調理食品工業協同組合が2004年に制定した佃煮の日の由来です。なぜ6月29日が佃煮に結びつくのか、その背景には戦国時代の天下人・徳川家康の絶体絶命の危機が関わっています。
1582年(天正10年)6月、本能寺の変が勃発した際、滞在先の堺から脱出を図った徳川家康(「神君伊賀越え」)を助けたのが、摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)の庄屋・森孫右衛門と腕利きの漁師たちでした。漁師たちは漁船を差し出して家康の渡河を助け、保存食であった小魚の塩煮を提供して窮地を救いました。この功績に深く感謝した家康は、江戸幕府を開いた後、彼らを江戸へ呼び寄せて隅田川河口の干潟を下賜。そこが「佃島」と名付けられ、彼らが江戸前で獲れた雑魚を塩や醤油で煮詰めて売り出したものが、庶民の日常食「佃煮」として全国へ波及したのです。
佃煮の日は、佃島に鎮座する住吉神社の例祭が旧暦6月29日に行われていたことにちなんで制定されました。2020年代以降のオーガニック志向や減塩ブームの中でも、発酵調味料である醤油と魚介のアミノ酸が凝縮された佃煮は、サステナブルな和の保存食・機能性食品として再評価の機運が高まっています。