風光明媚な花園として定着したこの場所ですが、その成り立ちには地域の歴史と市民の執念が深く刻み込まれています。独特な名称である「髭(ひげ)の渡し」のルーツは、江戸時代にまで遡ります。当時、武庫川には橋が架けられておらず、旅人は渡し船で川を渡っていました。この渡し場にあった茶屋の主人が立派な髭を蓄えており、往来する旅人から親しみを込めて「髭の渡し」と呼ばれたことが地名の起源です。
しかし、近代以降の河川敷は荒廃の危機に直面しました。1990年代から2000年代初頭にかけて、この一帯は産業廃棄物や大型家電、家庭ゴミが不法投棄される無法地帯と化していたのです。覆い茂る雑草と投棄物の山に危機感を募らせた地元住民有志が2003年、「髭の渡し花咲き会」を結成。尼崎市や国土交通省(河川管理者)の協力を得ながら、数年がかりで膨大なゴミを撤去し、荒れ果てた河川敷を手作業で開墾していきました。
これほどの規模を誇りながら入園料が完全無料を維持し続けている背景には、「誰もが気軽に集い、自然と触れ合える地域の憩いの場を守りたい」という市民主体の運営思想があります。大規模な商業施設化をあえて避け、種まき、除草、水やり、通路整備に至るまで、地域ボランティアと企業サポーターの無償の汗によって支えられています。園内に設置された募金箱や、開花期間中に開設される臨時駐車場の協力金が、次年度の種子購入費や重機燃料代へと循環する持続可能な仕組みが確立されています。