忠犬ハチ公はなぜ10年待ったのか?焼き鳥説の真相と解剖の全貌

忠犬ハチ公はなぜ10年待ったのか?焼き鳥説の真相と解剖の全貌

忠犬ハチ公はなぜ10年待ったのか?焼き鳥説の真相と解剖の全貌について知っておくべき 注意点を分かりやすい構成で解説いたします。

1935年(昭和10年)3月8日午前6時過ぎ、ハチ公は渋谷駅の反対側にある渋谷川の稲荷橋付近の路地で、息を引き取っているのが発見されました。享年11歳(人間換算で80歳前後の高齢)でした。

死亡直後、東京帝国大学農学部で病理解剖が行われました。その際、胃の中から焼き鳥用の竹串が3〜4本発見されたことから、長らく一般社会では「胃に刺さった竹串が内臓を傷つけたことによる腹膜炎」が直接の死因として語り継がれてきました。

しかし、ハチ公の没後76年が経過した2011年、東京大学大学院農学生命科学研究科の病理学研究チームが、同大学にホルマリン漬けで保管されていたハチ公の内臓標本を最新鋭のMRIおよび顕微鏡検査で再鑑定しました。その結果、従来の定説を完全に覆す発表がなされました。

解剖所見の再調査により、胃の中にあった竹串は粘膜をわずかに刺激していた程度で、胃壁の穿孔や腹膜炎の痕跡は一切認められませんでした。真の死因は、心臓と肺に広範囲に転移していた末期ガン(悪性腫瘍)、そして重度のフィラリア症(犬糸状虫症)でした。ハチ公の心臓には大量のフィラリアが寄生しており、激しい循環器不全と腹水、呼吸困難に苦しみながらの最期であったことが科学的に証明されたのです。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。