近年、札幌市をはじめとする北海道内の都市近郊で目撃情報が激増している現象は、単なる「迷い込み」ではありません。背景には、過去30年以上にわたる生態系の変化と、過疎高齢化による人間社会の構造的後退が複雑に絡み合っています。
第1の要因は、ヒグマの絶対数の増加です。北海道庁がまとめた「ヒグマ保護管理方針」などの公的統計によると、道内の生息数は1990年頃には約5,200頭と推計されていました。しかし、1966年から続けられていた「春グマ駆除制度」が残虐批判や個体数減少への懸念から1990年に廃止されたことを機に個体数は回復へ転じました。最新の生息数推移データでは推定1万1,700頭〜1万2,500頭規模(中央値約1万2,000頭)と、わずか30余年で2倍以上に膨れ上がっています。
第2の要因は、「新世代ヒグマ(アーバンベア)」の台頭です。かつて山奥にいたヒグマは、春グマ駆除や活発なハンターの銃撃によって「人間は恐ろしい天敵」と刷り込まれていました。しかし、人間から攻撃された経験を持たない世代の母グマが、山林よりも農地や都市近郊の緑地の方がドングリやデントコーン、家庭ゴミなどの栄養源に恵まれていることを学習。その母グマに育てられた子グマたちが、人を恐れずに市街地周辺を生活拠点にするという悪循環が定着しました。
第3の要因は、バッファゾーン(里山・農地境界)の消失です。山林と住宅街の間にはかつて、手入れされた薪炭林や農地が存在し、視界が開けた緩衝地帯として機能していました。しかし、中山間地域の過疎化と耕作放棄地の増加により藪(ヤブ)が生い茂り、森林が住宅街の目と鼻の先まで迫っています。さらに、都市部へ張り巡らされた河川敷の緑地帯が「野生動物の高速道路」として機能し、ヒグマが人目に触れず市街地の深部まで容易に侵入できるインフラが皮肉にも整ってしまったのです。