甲陽園目神山町の歴史は、大正から昭和初期にかけて阪神間モダニズム文化が花開いた「西宮七園」の開発に端を発します。当時、甲陽園駅周辺は劇場や温泉、遊園地などが整備された一大リゾート地として発展し、その奥座敷にあたる目神山周辺は、政財界人や文化人が静養に訪れる別荘地として愛されてきました。
目神山町が建築史にその名を刻む決定打となったのは、1970年代から始まった建築家・竹原義二氏らによる「目神山の家」シリーズをはじめとする前衛的な個人住宅の建設です。急峻な斜面を大規模に造成して平地化するのではなく、傾斜や岩盤をそのまま基礎や内部空間に取り込む独創的な手法は、当時の日本建築界に衝撃を与え、数々の権威ある建築賞を受賞しました。これを機に、名だたる建築家たちが腕を競い合うようにデザイナーズ住宅を手がけ、「日本の住宅建築の実験場であり聖地」としてのステータスを確立していきました。