寿司屋のお品書きにひっそりと並ぶ「なみだ」「なみだ巻」の文字。一般的に涙巻きの具材として使われるのは、魚介類ではなく「本わさび」そのものです。一般的な巻き寿司ではネタの引き立て役にすぎない薬味が、この料理では堂々たる主役を務めます。
使われるわさびの形態は店によって様々です。丁寧にすりおろした本わさびを贅沢に敷き詰める本わさび細巻きもあれば、シャキシャキとした食感を残すために千切りにしたもの、あるいは葉や茎を刻んで醤油や塩で浅漬けにした茎わさび巻きを用いる店もあります。いずれの場合も、ひとたび噛み締めれば揮発性の刺激が鼻腔を一気に駆け抜けます。
涙巻きの名前の由来は極めて明快で、「口に入れた瞬間、あまりの辛さと鼻に抜ける刺激に思わず涙を流してしまうから」という生理現象に直結しています。かつては符丁(職人間の隠語)に近いニュアンスで呼ばれていたものが、そのユニークなネーミングとインパクトから一般客の間にも定着しました。地域によってはストレートにわさび巻きと呼ばれることも多いですが、刺激の強さを愛嬌を込めて表現した「涙巻き」の名は、いまや全国の寿司屋で通じる共通語となっています。