時計は後半45分を過ぎ、残り時間は十数秒。イラクに与えた右コーナーキックの場面で、その悲劇は起こりました。イラク代表はゴール前に放り込むのではなく、意表を突くショートコーナーを選択します。ボールを受けたオムラムが中央へクロスを上げると、ファーサイドに飛び込んできたオムラム・サルマンに完璧なヘディングシュートを叩き込まれました。
ボールがネットを揺らした直後、無情の試合終了のホイッスル。2-2のドローに終わり、勝ち点で並んでいた韓国に得失点差「2」及ばず、日本の順位は3位へと転落しました。歓喜の瞬間を待っていた日本列島は静まり返り、ピッチ上では選手たちが芝生に突っ伏して身動き一つ取れなくなりました。
なぜあの一瞬で夢は潰えたのか。のちの関係者インタビューや検証番組で明かされた真相には、単なる個人のミスでは片付けられない複数の要因が絡み合っていました。
第1に、極限の疲労による「思考停止と運動量の限界」です。カタールの猛暑の中、わずか10日間で5試合を戦うという過密日程は、主力をほぼ固定して戦い続けたオフトジャパンの体力を極限まで奪っていました。特に中盤で相手の芽を摘み続けていたボランチの森保一やラモス瑠偉の足は完全に止まっており、ショートコーナーに対して素早く間合いを詰めるプレッシャーがかけられませんでした。
第2に、ベンチとピッチ内の「意思統一の破綻」です。リードを守り切るために守備的MFの武田修宏を投入した采配や、前線でボールをキープして時間を稼ぐのか、それとも追加点を狙うのかというピッチ内の共通認識が曖昧になっていました。当時の手記でラモス瑠偉が「誰も声を掛け合えていなかった。勝った気になっていた隙があった」と述懐している通り、スタジアムを包む異様な緊張感の中でチーム全体の心理的パニックとディスコミュニケーションが生じていたのです。