私財を投じる行為に対する大衆の反応は、いつの時代もアンビバレント(両価的)です。SNSやネット掲示板を分析すると、熱狂的な称賛と冷酷なバッシングが表裏一体となって噴出している現場が可視化されます。
「素晴らしい決断」「自分には真似できない」「本当に尊敬する」という賛意が寄せられる一方で、不可避的に投げつけられるのが「売名行為だ」「知名度を上げるための広告宣伝費にすぎない」というシニシズム(冷笑主義)です。知恵袋や掲示板では、「なぜわざわざ金額を公表するのか」「黙って寄付すればいいのに」といった疑問が定期的に投稿されます。
社会学的に見れば、この売名批判の正体は「相対的剥奪感と公正世界仮説の歪み」から生じる防衛機制です。途方もない富を持ち、その富を使ってさらに世間から称賛を浴びる特権階級に対し、平凡な日常を生きる人々の一部が「不公平さ」を感じ、その動機を不純なものとして引きずり降ろそうとする心理的圧力が働きます。
しかし、支援を受ける現場のリアリズムは極めて明快です。被災地の避難所運営に関わった自治体職員は、過去の取材に対して次のように述べています。
「綺麗事だけで命は救えません。売名だろうが宣伝だろうが、届いた1億円で避難所に暖房が入り、仮設トイレが設置され、温かい食料が届く。現場にとってこれ以上の正義はありません。名前を隠して少額を出す人より、名前を出して巨額を届けてくれる人の方が、結果として何百人もの命をつなぎ止めています」
実名で多額の私財を投じる著名人の多くは、売名批判を受けるリスクをあらかじめ織り込んでいます。むしろ公表することによって、メディアの注目を被災地や支援先に引きつけ、他の企業や富裕層へ「寄付の連鎖」を誘発するレバレッジ効果を意図的に狙っているのが現代のスタンダードです。