Web上の情報や古いテキストでは「ドレーンが詰まったらミルキング」と短絡的に記述されていることがありますが、現代医療においてこの認識は大きな誤解を生む危険性を孕んでいます。
ミルキングが禁忌とされる、あるいは極めて慎重であるべき最大の理由は、手技中に発生する制御不能な急激な陰圧にあります。ドレーンチューブ内腔を圧迫して末梢へ移動させる瞬間、基部側の内圧は急激に低下し、-100〜-400cmH2Oという強烈な陰圧が体内側先端部に加わります。
この強力な吸引力により、以下のような深刻な偶発症が引き起こされます。
- 体内組織の嵌頓(かんとん)と損傷:腹腔ドレーンでは周囲の大網、腸管壁、腸間膜が側孔に吸い込まれ、組織の壊死や穿孔、術後出血を引き起こします。
- 吻合部不全の誘発:消化管や血管の吻合部近傍に留置されたドレーンで陰圧を発生させると、治癒過程にある軟弱な組織が引っ張られ、縫合不全や破綻の直接的契機となります。
- 胸膜・肺損傷と気胸の悪化:胸腔内で過剰な陰圧が生じると、肺表面の虚脱部位や再膨張中の肺実質が傷つき、新たなエアリークを発生させる恐れがあります。
- 逆行性感染のリスク:しごいた手を離した瞬間のリバウンド現象により、チューブ内の排液や末梢側の細菌を含んだ液が体内方向へ逆流する危険性が指摘されています。
特に腹腔ドレーンにおいて排液がサラサラとした淡血性や漿液性である場合、ミルキングを行う医学的妥当性はほぼ存在しません。「閉塞の客観的兆候がない限り、愛護的に見守る」ことが現代の標準原則です。