殊能将之という作家の真の輪郭を伝える最も雄弁な資料が、彼が自らの個人サイト「mercysnow」上で連載し続けた膨大な日記群です。没後の2014年に国書刊行会から刊行された『殊能将之 読書日記 2000-2009』には、国内外の文芸作品、SF、ハードボイルド、言語学、人文思想書からコミックに至るまで、年間数百冊を読破・精査する規格外の読書体験が綴られています。
しかし、その知的な輝きと並行して、日記の記述には頻繁に身体の異変や疲労、食欲不振、通院の日々が刻まれていました。1995年の会社退職時から続いていた体調不良は、作家生活に入ってからも決して完治することはなく、常に彼の執筆ペースを縛り付けていたのです。
「頭が重く、活字を追うのが辛い」「通院のために丸一日を費やした」といった記述が次第に散見されるようになり、後年の日記では創作活動が思うように進まないもどかしさと、自身の衰弱していく体力に対する諦念のような静寂が漂っていました。彼にとって読書と執筆は知性の歓喜であると同時に、重い肉体の不自由さを忘れ去るための最後の砦でもありました。
最後の単行本となった短編集『樒/怱々(しきみ/そうそう)』以降、新作長編が途絶えていた背景には、スランプという言葉では片付けられない、深刻な身体的負荷が立ちはだかっていた事実が浮かび上がります。