2月11日は、明治6年(1873年)から戦前・戦中にかけて「紀元節(きげんせつ)」と呼ばれる四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の一つとして盛大に祝われていました。
戦前の紀元節は、皇室の祖先を祀り、大日本帝国憲法下の国家統合を強固にするための極めて重要な国家行事でした。学校教育の現場でも式典が開かれ、国民全体で皇室と国家の繁栄を祈念する場となっていたのです。しかし終戦後の1948年、GHQの指令のもと「国家神道と軍国主義の結びつきを断ち切る」という方針により、紀元節は廃止の憂き目に遭いました。
現在の「建国記念の日」は、かつての紀元節と日付こそ同一であるものの、その性格は再定義されています。戦前の神道的な宗教儀礼から切り離され、主権在民の原則に基づいた「国民一人ひとりが日本の歴史と自然を慈しむ日」として位置づけ直されている点が、かつての紀元節との本質的な相違点です。