独ソ不可侵条約の真相|なぜ宿敵が手を結び破棄に至ったのか徹底解説

独ソ不可侵条約の真相|なぜ宿敵が手を結び破棄に至ったのか徹底解説

独ソ不可侵条約の真相|なぜ宿敵が手を結び破棄に至ったのか徹底解説を徹底追究! 知っておきたい 重要ポイントを分かりやすく展開します。

独ソ不可侵条約の締結は、はるか極東の日本帝国にも壊滅的な政治的打撃を与えました。当時、日本は1936年にドイツと「日独防共協定」を結んでおり、ナチス・ドイツとともにソ連共産主義包囲網を築く路線を進めていました。

とりわけ条約締結当時の1939年8月、満州国とモンゴル人民共和国の国境地帯では、日本陸軍(関東軍)とソ連軍が激突するノモンハン事件が激化の極みにありました。日本軍が最前線でソ連軍の強力な機甲部隊と凄惨な消耗戦を繰り広げているまさにその瞬間、同盟相手であるはずのドイツが敵の親玉であるソ連と不可侵条約を結んだのです。

完全な「裏切り」に直面した当時の内閣総理大臣・平沼騏一郎は、政治的責任を取って内閣総辞職に追い込まれました。その際、平沼首相が残した辞任声明の文言はあまりにも有名です。

「今回締結セラレタル独ソ不可侵条約等ニ因リ、欧州ノ天地ハ複雑怪奇ナル新情勢ヲ生ジタノデ、我国ハ之ニ鑑ミ、従来の政策ヲ打チ切リ、更ニ新方針確立ヲ必要トスルニ至ッタ」

この「欧州の天地は複雑怪奇」というフレーズは、日本の外交方針が根底から覆された混乱と無力感を象徴する言葉として、近代日本史に深く刻まれることとなりました。梯子を外された日本は対ソ政策の再考を余儀なくされ、後の日ソ中立条約の締結や南進論(太平洋戦争)への傾斜へと針路を狂わせていくことになります。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。