月日が流れた今なお語り継がれるこのプロジェクトの裏側には、緻密な計算と極限の心理戦が存在していた。渡辺淳之介氏は当時の意図をこう振り返る。「予算も知名度もない中で、どうすれば世間の分厚い壁をぶち破れるか。それだけを考えていた。批判されることは百も承知。だが、無関心に殺されるよりは遥かにマシだった」。
撮影現場は過酷を極めた。プー・ルイら当時のメンバーは、事前の詳細な説明もないまま森へ連れて行かれ、現場で企画の全貌を知らされたという。「最初は恐怖と戸惑いしかなかった。でも、カメラが回ると腹が括れた。自分たちの存在を証明するには、この一線を越えるしかなかった」。傷だらけになりながら森を駆け抜けた少女たちの泥臭いリアリティこそが、観る者の胸を打つ本質的な熱量を生み出していたのだ。