長年愛された江戸川区立穂高荘の閉館理由を探ると、単なる利用客数の増減にとどまらない、高度経済成長期に整備された公営保養所特有の重い課題が浮かび上がってきます。最大の要因となったのは、昭和48年(1973年)の開設から半世紀近くが経過したことに伴う江戸川区立穂高荘の老朽化問題でした。
施設関係者の証言や区議会の公文書記録によると、建物本体のコンクリート中性化や耐震強度の懸念のみならず、温泉供給管・空調ダクト・受変電設備といった基幹インフラが軒並み耐用年数の限界を迎えていました。冬場には配管凍結による修繕が頻発し、部分的な改修では安全基準を維持できない段階に達していたのです。抜本的な大規模改修や建て替えを断行する場合、試算された費用は総額20億円から30億円規模に膨らむ見込みとなり、区民全体の税金を投入する妥当性が厳しく問われることとなりました。
さらに、社会構造の変化も決定打となりました。バブル景気華やかなりし頃には年間数万人規模の稼働を誇った江戸川区の保養所ですが、近年は旅行スタイルの個人化や民間オンライン予約サイトの普及、低価格ホテルの台頭により、保養所の利用層が一部の固定客やシニア層に偏る傾向が顕著でした。巨額の公金を投じて直営保養所を再建するよりも、福祉や教育、防災インフラなど喫緊の区内事業へ財源を集中配分すべきという判断が下され、正式な営業終了という苦渋の決断に至ったのが一連のニュースと経緯の本質です。