ファンの間で長年囁かれてきたのが「闘魂三銃士の不仲説」です。メディアやネット上では「プライベートで一切会話をしなかった」「派閥争いがあった」といった噂が飛び交うことも少なくありませんでした。
結論から言えば、3人の関係は「仲良しグループではなく、妥協なき戦友であり強烈なビジネスライバル」でした。移動や私生活の席を共にすることは少なかったものの、互いのレスラーとしての実力は誰よりも高く評価し合っていました。武藤は後年のインタビューで「ライバルがいるからこそ負けたくない一心で走れた。一番の刺激剤だった」と語っており、蝶野も「3人でつるまなかったからこそ、リング上での緊張感が保たれた」と明かしています。
また、彼らのキャリアを語る上で避けて通れないのが、師匠であるアントニオ猪木との闘魂伝承を巡る葛藤です。1990年代後半から始まった総合格闘技(PRIDEやK-1)の隆盛に伴い、猪木が推し進めた格闘技路線に対し、3人はそれぞれ異なるリアクションを取りました。
橋本は小川直也との壮絶な抗争の末に新日本プロレスを離脱し「プロレスリングZERO-ONE」を旗揚げ。武藤は全日本プロレスへと移籍して社長に就任。蝶野は新日本に残り続け、現場監督として団体を支えました。猪木という巨大な太陽から逃れ、あるいは乗り越えようとした道筋こそが、三銃士それぞれの生き様を決定づけたのです。