深海という広大な暗黒空間において、同種のパートナーと偶然巡り合える確率は天文学的に低いとされています。もし一度巡り会えたメスを逃してしまえば、二度目のチャンスは一生巡ってこない可能性すらあります。この過酷な繁殖環境に対するチョウチンアンコウのオスの解答が、「一度出会ったら二度と離れない」という究極の選択でした。
自由遊泳期を過ごす若いオスは、発達した巨大な鼻腔(嗅覚器官)を駆使し、メスが漆黒の海に放出する微量なフェロモンを追跡します。運良くメスを発見したオスは、迷うことなくその腹部や側面に強靭な歯で噛みつきます。これが、オスの「溶解と同化」の合図です。
噛みついた部位からは特殊な酵素が分泌され、オスの唇とメスの皮膚組織が徐々に融解していきます。傷口が治癒するプロセスに似た細胞増殖が起こり、数週間をかけて両者の皮膚がつながり、やがて血管までもが完全にバイパス接続されます。循環器系が結ばれた瞬間から、オスは自力で餌を食べる必要がなくなり、メスの血液から酸素と栄養分を直接供給されて生きる「真の寄生状態」へと移行します。
血流が共有されると、オス自身の生命維持器官はその役割を終えます。海中を見渡す必要がなくなった目は退化して皮膚の下に埋没し、泳ぐためのヒレや餌を消化する胃腸も次々と萎縮していきます。最終的に残るのは、メスの産卵シグナル(ホルモン)を感知して精子を放散するための精巣と生殖器のみ。個体としての独立性を完全に手放し、文字通り「メスの体の一部(生殖器官)」として余生を過ごすことになります。