黒柳徹子の家系図と家族構成の全貌|名門病院の祖父から天才父まで

黒柳徹子の家系図と家族構成の全貌|名門病院の祖父から天才父まで

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黒柳徹子の類まれなる感性と絶対音感、そして物事の本質を見抜く審美眼は、父親である黒柳守綱(もりつな)から色濃く受け継がれています。守綱は、新交響楽団(現在のNHK交響楽団)の創設期において首席コンサートマスターを務めた、日本音楽史に名を刻む天才バイオリニストでした。

指揮者の近衛秀麿やヨーゼフ・ローゼンシュトックら世界的名匠からの信頼も厚く、楽団の支柱として厳格な演奏姿勢を貫きました。当時の音楽関係者の記録によると、守綱の音色は「魂を切り裂くような鋭さと艶やかさ」を併せ持っていたと伝えられています。家庭内でもクラシック音楽が常に鳴り響き、幼少期の徹子に本物の芸術の息吹を肌で体感させました。

一方、母親の黒柳朝(ちょう)は、北海道滝川市出身で東洋音楽学校(現・東京音楽大学)声楽科に進学した才女です。夫の守綱を献身的に支えながら、持ち前の明るさとユーモアで激動の戦中・戦後を生き抜きました。1987年に放送されたNHK連続テレビ小説『チョッちゃん』のモデルとなり、自著『チョッちゃんが行くわよ』などのエッセイはミリオンセラーを記録しています。

公立小学校をわずか3ヶ月で退学になった徹子の個性を受け止め、自由教育で知られるトモエ学園へ編入させた母・朝の決断は、世界的ベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』の誕生に直結する決定的な出来事でした。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。