美空ひばりを中心とする加藤家の家系図を読み解くうえで、核となるのが「母・喜美枝氏を中心とした強固な結束」と「実弟たちを取り巻く激動の環境」、そして「事実婚にとどまった小林旭氏との関係」です。
加藤家は、父・加藤増吉氏と母・加藤喜美枝氏の間に生まれた4人の兄弟姉妹で構成されていました。長女が美空ひばり(加藤和枝)、次女が佐藤勢津子、長男(ひばりの長弟)が香山武彦(本名・加藤益夫)、次男(ひばりの次弟)がかとう哲也(本名・加藤武彦/旧芸名・小野透)です。この家族は単なる血縁にとどまらず、個人事務所「ひばりプロダクション」を中核とした運命共同体として昭和の芸能界を駆け抜けました。
そのなかで、世間を最も驚かせたのが1962年の銀幕スター・小林旭氏との電撃結婚でした。映画界と歌謡界の頂点同士のビッグカップル誕生として日本中が沸き立ちましたが、この結婚生活はわずか1年7カ月で終焉を迎えます。1964年に行われた破局会見で、ひばり本人は「芸を捨てることができなかった」と涙ながらに語り、小林旭氏は後に自身の回顧録で「ひばりは僕の妻である前に、加藤家のひばりであり、ひばりプロダクションの象徴だった」と述懐しています。
決定的な事実は、二人が一度も法的な入籍をしていなかった点です。母・喜美枝氏が「ひばりの籍を抜くことは一族の崩壊を意味する」と頑なに拒否し、戸籍上の手続きを許しませんでした。家庭に入って一般の妻となることを求めた小林側と、国民的スターとしての稼ぎ頭を守らねばならなかった加藤家側の利害衝突が、二人の純粋な愛情を引き裂いた構造的な要因でした。