サンやモロの君が駆け巡り、夜にはデイダラボッチが闊歩する「シシ神の森」。この圧倒的な背景美術を支えたのは、南北ふたつの異なる原生林でした。
1. 屋久島・白谷雲水峡(苔むす森)の湿度と生命感
鹿児島県本土の南西に位置する屋久島において、美術監督の男鹿和雄氏らが何度も足を運びスケッチを重ねたのが白谷雲水峡です。標高600〜1,050mに広がるこの渓谷は、花崗岩の巨石と深い緑の苔に覆われ、かつて「もののけ姫の森」と名付けられていたエリア(現在は「苔むす森」と呼称)が存在します。
宮崎監督は、屋久島の森が持つ「樹木の上に別の樹木が芽吹き、倒木すら苔に覆われて新たな命を育む」という圧倒的な生態系の循環に魅了されました。劇中でコダマがカタカタと首を鳴らしながら現れるシーンは、屋久島の濃密な空気感と澄んだ清流がそのまま画面に定着したものです。
2. 白神山地のブナ原生林がもたらした「原初の厳しさ」
一方で、青森県から秋田県にまたがる白神山地のブナ原生林は、屋久島とは異なる「乾湿と峻険さ」を作中にもたらしました。白神山地は、約8,000年前からほとんど人の影響を受けていない世界最大級のブナ林が残る地域です。
監督は制作インタビューにおいて、白神山地の冷涼な空気感と、下草が少なく見通しのきくブナの巨木群から「人間を容易に受け入れない太古の山」のスケール感を抽出したと述懐しています。アシタカがヤックルに乗って旅を続ける雄大な森の連なりには、東北の山並みが色濃く反映されています。