1950年代後半から1960年代初頭にかけて、日活映画は爆発的な活況を呈していました。その中心に君臨していたのが「マイトガイ」の愛称で親しまれた小林旭であり、映画界随一の可憐さと気品を備えたトップ女優・浅丘ルリ子でした。『渡り鳥』シリーズや『銀座旋風児(マイトガイ)』シリーズをはじめ、ふたりがスクリーン上で見せる絶妙な呼吸と緊張感は、観客を瞬く間に魅了しました。
共演を重ねる中でふたりの距離が縮まるのは極めて自然な成り行きでした。小林旭の豪快かつ男気あふれる気風と、多忙を極める少女期から銀幕で凛として立ち続けてきた浅丘ルリ子の繊細さは互いを強く補り合い、やがて東京・世田谷の邸宅で事実上の同棲生活をスタートさせます。当時の映画会社の専属俳優としては異例とも言えるオープンな交際であり、ファンも映画会社関係者も誰もがふたりのゴールインを疑っていませんでした。
浅丘ルリ子自身、後年の回顧録や各種インタビューにおいて小林旭を「私の初恋の相手であり、男らしさに心底惹かれていた」と述懐しています。撮影所から帰宅すれば手料理を振る舞い、過密スケジュールを縫って愛を育んだ日々は、スターという重圧から解放される唯一無二の安らぎの場でした。