華やかな夜景スポットである一方、インターネットの掲示板等で「高塔山公園は心霊スポットではないか」という噂が散見されます。この都市伝説は一体どこから生まれたのでしょうか。歴史的背景と現地調査から、その誤解の構図を紐解きます。
噂の源流をたどると、主に3つの要素が混ざり合って都市伝説化したことが判明しました。第1に、若戸大橋が開通した1962年以降の昭和中期、橋からの投身事故が社会問題化した時代の記憶が、対岸の高塔山と結びつけられたこと。第2に、かつて街灯が少なく薄暗かった時代の旧道が「不気味なドライブコース」として語り継がれたこと。そして第3に、山頂付近に鎮座するかっぱ地蔵の存在です。
このかっぱ地蔵は、若松出身の芥川賞作家・火野葦平が残した短編小説「石と河童」に由来します。河童の背中に刻まれた梵字(ぼんじ)に手を合わせると水難や災厄から逃れられるという伝承をもとに、葦平らの尽力で建立された「平和と水難除けの祈念碑」に過ぎません。怪異の類ではなく、むしろ地域の文化遺産としての性格を持っています。
現在の高塔山公園は北九州市による定期的なパトロールや外灯のLED化が進んでおり、不審火や犯罪を抑止する環境が整っています。「心霊現象が多発する危険地帯」という噂は、過去の断片的な記憶と文学的アイコンがネット上で誇張されたフィクションであると断定して差し支えありません。