SNSや掲示板などで飛び交う京都芸術大学に対するネットの反応を検証すると、評価が大きく二極化している現象が浮き彫りになります。一方では「偏差値が低めだからFラン美大なのではないか」「校名変更で知名度を上げようとしただけではないか」という冷笑的な言説が見られるのも事実です。
しかし、現場の生の声や業界関係者の証言を突き合わせると、ネット上の言説と教育の現場には決定的な乖離が存在することが分かります。
「課題のスケジュール管理が極めてシビアで、学生気分のままでいると容赦なく単位を落とす。徹夜でポートフォリオを仕上げるのが当たり前のカルチャーがある」といった在学生の手記に象徴されるように、現場では過酷なまでの鍛錬が課されています。ネット上の偏差値論争に終始する部外者の視線と、過酷な制作環境で鍛え上げられていく受講生たちの泥臭い実感の間には、大きな意識のギャップが横たわっています。