古文単語の暗記で多くの学習者が壁に突き当たる最大の要因は、認知心理学でいう「干渉(Interference)」にあります。古文単語が覚えられない理由を突き詰めると、英語学習のような未知のアルファベットを覚える作業とは全く異なる、日本語話者特有の認知バイアスが働いていることがわかります。
古文で使われる言葉の多くは、現代日本語と発音や表記が酷似しています。例えば「ありがたし」という語を目にした際、現代人は無意識に「感謝の気持ち」を想起します。しかし、古典の世界における本来の意味は「めったにない・生きづらい(有り難し)」です。同様に「あたらし」を「新しい」ではなく「惜しい・もったいない(可惜し)」と変換しなければならない場面で、頭の中にある強力な現代語のスキーマ(既存知識の枠組み)が邪魔をして、古語の語義の上書きを強力に阻害します。この現象は言語学で「フォールスフレンズ(偽りの友)」と呼ばれ、意味の混同を引き起こす主因となります。
さらに、単語帳の赤シートで日本語訳をひたすら隠して繰り返す「機械的維持リハーサル」も挫折を加速させます。脳は文脈や情緒、情景と紐付かない記号的な文字列を「生存に不要なノイズ情報」として迅速に忘却するように設計されています。1語に対して複数の意味を持つ多義語(例えば「いみじ」「めざまし」など)をバラバラの訳語として丸暗記しようとすると、情報量が爆発してパンクするのは必然です。丸暗記を脱却するためには、言葉が生まれた背景や当時の貴族社会の価値観と結びつける「精緻化リハーサル」への転換が不可欠となります。