1992年、大相撲の大関・貴乃花光司(当時)との婚約発表は、平成の芸能史・スポーツ史において最も世間を賑わせた出来事のひとつである。国民的スター同士のカップル誕生に、日本中が祝福に包まれた。
だが、そのわずか数ヶ月後に訪れた電撃破局。その背景にも、光子氏の強烈な意志が介在していたと囁かれている。角界という古く伝統的な世界に娘が入り、表舞台から退くことを光子氏が良しとしなかったという説は根強い。日本芸能界を揺るがしたこの騒動は、結果として「大スター・宮沢りえ」を女優としての孤独と深みへと向かわせる大きな転換点となった。